泗川船津里倭城の基本紹介
豊臣秀吉の慶長の役(二度目の朝鮮出兵、1597年)の際、
日本軍が西の慶尚南道と全羅道を攻略するために築造した泗川船津里城。
悲しい歴史が残る船津城里ですが、日本式の倭城跡、石垣などが復元され
現在は城跡公園のようになっています。
城内には1千本余りの桜の木が植えられていて、
満開の時期を迎えると桜祭りも行われる隠れた泗川の名所です。
泗川船津里倭城の楽しみ方
編集履歴城内 には1千本余りの桜の木が植えられ、
満開の季節になると桜祭りも行われ
桜見学の穴場としても知られています。