京都市 - 城・神社・寺
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- 庭園は、国の名勝にも指定され山荘・幡枝離宮が起源となりお寺へ
- 庭園は、国の名勝にも指定され、宗派は臨済宗。もともとは後水尾天皇(江戸時代初期、「禁中並公家諸法度」などで朝廷が幕府の管理下におかれた時代の天皇)の山荘・幡枝離宮が起源。その後、お寺になりました。名勝に指定されている庭園は、比叡山の借...
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- 足腰の守護神明治23年に建てられた神社
- 足腰の守護神、京都御所西にある護王神社は、狛犬じゃなくて狛イノシシです。護王神社のシンボルだそうです。我が国の歴史書「日本後紀」に、和気清麻呂公が京より宇佐へ向かわれた際、災難にあわれたのを300頭ものイノシシが現れて、清麻呂公をお護り...
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- 信長着用の鎧、桶狭間の戦いで戦利品として持ち帰った刀など重要文化財を多数所有
- 舟岡山には、建勲神社が位置します。 「けんくん」神社ではなく、正式には「たけいさお」神社なんです。通称として「けんくん」神社でもOKだそうです。信長着用のヨロイ、桶狭間の戦いで戦利品として持ち帰った刀、太田牛一の『信長公記』(信長研...
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- 顕本法華宗の総本山で「安珍・清姫伝説」で有名
- 岩倉の妙満寺は、顕本法華宗の総本山で、「安珍・清姫伝説」で有名です。顕本法華宗とは、日蓮宗(法華宗)の一派で、日蓮の弟子・日什(にちじゅう)を派祖とする宗派です。彼は、比叡山で修行し、学頭も勤めた超エリート僧侶でしたが、60を過ぎて読ん...
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- 比叡山のふもとに造られた美しい景色を持つ修学院離宮
- 修学院離宮は、上と中と下の3つの離宮からなり総面積54万5千㎡もある名所です。離宮の標高差は40mもあり、滝や小川や田畑と周辺の自然も一緒に楽しめる景観です。
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- 京都検定でもおなじみの神社、別名「萩の宮」
- 京都御所東に隣接する梨木神社、東の寺町通りをはさんであるのが盧山寺です。京都検定でもおなじみの神社で、萩が美しいことから、別名、「萩の宮」と言われます。ここの境内にある染井の水は、京都三名水の一つ。後の2つの醒井と県井は現在は無い...
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- 小さいながらも祭神は誰もが知るスサノオノミコト
- いつも通り過ぎてしまうのですが、じっくり見ると、こんなところに神社が…「こんなところ」というのは、四条寺町の御旅所。ここはけっこう大きく、ここを背にバスを待っていたり、信号待ちをしている人も多数。その西のビルとの隙間に小さな冠者殿...
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- 菅原道真公を祭る神社で学問所の跡地、菅大臣神社
- 三方向から参拝できますが、別の道からも入れる菅大臣神社は、菅家廊下と言われる学問の跡地として、天満宮の誕浴の井が保蔵されているそうです。境内には、社殿がいつくかあります。
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- 織田信長が追い詰められ討たれたあの「本能寺の変」の舞台
- 本能寺は、織田信長の宿所として使用され、1582年に「的は本能寺にあり・・」と言う明智光秀の名台詞、本能寺の変での舞台になった場所です。この時点で既に5度目の焼失で、現在までは約7度ほど再建しているそうです。元は、室町時代、本応寺と言う名が着...
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